田園 [ホーリーガーデン]
天使 [ホーリーガーデン]
中野は、果歩が中野を全然愛してなどいないこと──少なくとも、いわゆる恋愛感情はもっていないこと──を知っているのだろうか。中野の寝顔を思いだしながら果歩は考える。知っているとすれば、どうしてあんなに邪気なく果歩にまとわりつけるのだろう。知らないとすれば、一体どうして気がつかないのだろう。実際、中野は謎である。そして、謎ではあってもばかじゃない──というよりはっきりと賢い──のだから、知っているに違いないと思った。そう思うことは少し辛かったので、果歩は考えるのをそこでやめる。うまい具合に駅だった。
グリンピースごはん [ホーリーガーデン]
相手が自分の不幸を期待しているなんて、一体どうして思ったんだろう。静枝はほうじ茶で鳥肉をのみ下す。からまわりする被害者意識が情けなかった。
あたらずといえども遠からずだわ。果歩は、静枝の茶碗に二膳目のごはんをつけながら思う。自分が不幸なときに相手も不幸だと元気がでてしまうのはどうしてだろう。相手の幸福を心底──自分のよりもずっと──願っているというのに。
記憶 [ホーリーガーデン]
まったく、何が悲しくて定休日まで中野と会わなくてはならないのだろう。しかも、自分でえらんでそうしているのだ。いつものように断ることは、いくらでもできた。ここに一人で──というより津久井と二人で──いることが怖かったのだ。怖くて、誰かにつれだしてほしかった。そういうやわな心根に、果歩は自分で失望してしまう。憂欝から逃れるすべなどないことに、もしもまだ気がつかないのだとしたら私はばかだ、と思う。
考えない練習 [ホーリーガーデン]
「今夜、あいてるかな」
柴原がきき、果歩はまずゆっくり微笑んでから、はい、とこたえる。例によって女友達と食事をする約束をしていたが、不慮のデートは不可抗力だ。大事なのは何も考えないこと。穏やかに暮らすための、それがこつなのだ。
タンバリン [ホーリーガーデン]
もっとも、中野がそんな陰口をかけらも気にしていないことを果歩は知っていたし、彼がその陰口を楽しんでさえいるようなので、ひそかにあっぱれと思ってもいたのだが、「そりゃあ友達は大事だよ。だけど僕には果歩さんの方がもっと大事だし、それが男と女っていうものだと思う。だから今日だって、ほんとは二人っきりの方が嬉しいんだけどなあ」などと聞こえよがしに言う中野を、たしかに愛玩犬のようだと思わないでもなかった。
つまづく石 [ホーリーガーデン]
ピクニック [ホーリーガーデン]
こんな風にいきなり呼びだされ、夕食につきあわされた挙句、十二時をまわったとたんに追いだされるというのはよくあることだった。中野も、それを我儘ではないとは思わなかったが、果歩の我儘は一種の流儀なのだと納得してもいた。だから女子社員が陰でささやきあっている言葉———惚れた弱味とか忠犬さと公(中野は、名前をさとるといった)とか———は全然的外れだと思っていた。中野は、自分が果歩の我儘を「肯定的にうけとめて」やれる男だということに自信を持っていたし、それは、彼女の我儘が自分にばかり向けられるという点において、すでに報いられてもいた。
昼の電車 [ホーリーガーデン]
何があったわけでもないのに耐えがたく孤独なこうゆう夜を、果歩はひたすら身を固くしてやりすごす。誰に電話しても、どんな音楽を聴いても、それは無駄な抵抗どころか自分の首をしめることになる、ということくらい、果歩はとっくに学んでいた。
肩から毛布をかくたまま、果歩はよろよろと重い腰をあげて立ちあがるどつめたい指で髪を二、三度かきあげて、ついでのように目蓋や頬や、がさがさの唇にも触れてみた。唇をつきだして摩擦音をたてる。ぶぶぶ、ぶぶ、ぶぶぶぶぶ。少なくとも今朝の下北沢においでこれ以上孤独な人間はいないだろうと果歩は思った。毛布をひきずって洗面台の前に立ち、絶望的な顔をした女と向かいあう。
ずいぶん遠くまで来たものだと思い、ほんとうに一人ぼっちだと思い、それでも顔を洗わなくてはいけないと思っでとりあえず果歩は蛇口をひねった。そうだ、どうしてめ顔を洗わなくてはいけない。どうしても歯を磨かなければいけないし、どうしても朝ごはんを食べなければいけない。
紅茶茶碗 [ホーリーガーデン]
ごく常識的にいって———果歩は鍋のだしに白味噌を溶きながら考える。常識的にいって、電話というのは何か用事があるか、用事はないが相手の声をききたいか、あるいは、誰でもいいから誰かと話がしたいというときに、かけるものだろう。






